ソ連の崩壊に伴って社会に起きたことと中国とロシアの違い

ソビエト連邦は、1980年くらいまでは超大国にふさわしい社会を維持していました。世界で初めて宇宙に人類を送った国であり、20人のノーベル賞受賞者を擁する科学先進国です。経済運営もそこまでひどくなさそうです。一人当たりGDPは米国の1/4ではありましたが、国内の不平等は世界でも最低レベルで、無料の教育と医療制度が整備されていました。平均寿命は70歳に達し、米国の72歳と比べても遜色ありませんでした。

1991年のソ連崩壊ののち、ロシアの社会は崩壊しました。GDPは5年で半分になり、1989年の水準に回復するまで20年かかりました。物価は一年で24倍になりました。北欧レベルだった不平等は拡大し、世界最悪レベルに達しました。医療制度と警察制度も崩壊しました。殺人事件の犠牲者数は二倍になり、事故死や自殺を含む外部的な要因の死亡率は、世界187カ国で最低水準になりました。平均寿命は70歳から64歳に、6歳も減少しました。

共産主義から資本主義に切り替えたのはロシアだけではありません。東欧諸国、中国、ベトナムなど、ロシアが経験したような悲惨な状況に陥らなかった国も多くあります。いったいロシアに何が起きたのでしょうか?

経済モデル

ソ連崩壊後、計画経済から自由経済への移行に伴って、様々な経済改革がなされました。改革の効果がなかった程度ならともかく、GDPが急激に減少しつづける、というのはちょっと話が違います。それを説明するために簡単なモデルを作ってみました。

モデルの仮定

単純化のため、ロシア経済には、2つだけの商品があると仮定します。石油と靴です。この経済では、人々は体を温める石油と、足を温める靴さえあればあれば幸せに暮らせます。石油は油田から取れ、靴は靴工場で生産できます。石油は毎年4トン取れます。靴の生産のためには、機械を動かすためおよび材料の生成のために2トンの石油が必要ですが、2トンの石油で靴が1000足作れるとしましょう。

モデルの解(計画経済)

計画経済の下では、靴を1000足生産し、余った2トンの石油を国民に分配します。国民総生産は(靴×1000+石油2トン)です。

モデルの解(市場経済&門戸開放)

ここで、市場経済を導入し、貿易の門戸を外国にも開放したとしましょう。外国では、石油は1トンあたり100万円で売れます。また、外国の技術はロシアより進んでいて、2トンの石油で靴を2000足生産できます。つまり、靴のコストは一足100万円/2000= 5000円になります。利益や輸送費などを考えると、ロシアでの販売価格は12000円程度でしょうか。

ロシア国内の工場で靴を生産するためには、一足あたり1万円分の原油が必要なので、給料や小売店に払うお金などを考えると、12000円で販売すると赤字になります。その結果、ロシア国内の靴工場は倒産し、靴工場で働いていた人は失業します。

国民総生産は、石油4トンだけなので、400万円です。以前の国民総生産は、420万円だったので、国民総生産が減少しています。また、大量の失業者が発生する一方で、油田所有者は利益を得ているので、貧富の格差が拡大し、社会が不安定になります。

実際にロシアで起きたこと

ロシアでは、資源生産を独占することで富を蓄えたオリガルヒとよばれる層が政府を牛耳り、大金持ちに有利な政策を乱発しました。当然、一般大衆の反発も激しく、政府の政策遂行能力は著しく低下しました。ちなみに、強い政府をもとめた市民に支持されて登場したのがプーチンです。

自由化でGDP減るの?

実は、上記の議論には、労働者や設備は靴業界から石油業界に移動しない、という仮定が隠れています。靴工場での仕事がなくなった人たちが、石油業界に移動し、石油の生産が増えたりすれば、自由化の結果として国民総生産は増えます。

でも、現実問題、靴作ってた人が突然原油生産しろ、と言われても困ってしまいます。原油の生産を増やすためには大規模な設備投資と長い時間が必要で、非熟練労働者を増やしたところで邪魔にしかなりません。

ロシアとそれ以外の旧共産圏の国の違い

旧共産主義国で経済成長を遂げた国として、中国、ベトナム、ポーランド等があげられます。それらの国はロシアと違って十分な資源がなく、競争力がある業界が製造業でした。製造業、特に賃金が安い国の製造業は、非熟練労働者の雇用吸収力が高く、失業率の増加や、それに伴う社会不安が発生しませんでした。

このように、資源があることでかえって経済成長が妨げられることを資源の呪いと呼びます。

上記の議論に関係なかったこと

以下のロシア特有の要素は重要な要素ではありますが、本質ではありません。

  • 共産主義の歴史が一番長い国で、市場経済になじむのに時間がかかったこと
  • ロシアの治安が崩壊し、闇経済が急速に拡大したこと。税収が減少し治安維持機能が低下したこと
  • 経済の腐敗が進み、経済の効率が下がったこと
  • ドイツや日本などを中心とした貿易ネットワークに入れなかったこと。
  • 米国をはじめとした西側諸国の援助が少なかったこと